03 Jun

 

恩寵のように冬が来る
Winter comes as if grace arrives

 From Print 2012, Chapter 19






信号が変わる。


―むかしね。谷山豊TANIYAMA Yutakaって人がいたんだ。


Aは声をすこし大きくして言った。


―若くして亡くなった。婚約者もたしかまもなく亡くなった。彼とその友人が作った予想が、フェルマー予想Fermat Theoremを解くかぎになった。ワイルズWilesという人が解いてもう十年以上になる。それで谷山TANIYAMAの特集が雑誌に載ったことがあった。


Iはただ彼を見ている。


―そのときね、本屋で読みながら、すごくうらやましいとおもった。雑誌は買わなかったけど、買ってもしかたがないような気がしたから。自分にはそのときなにもなかったから。ただ、そんなふうに生きてみたい、死ぬことじゃないよ、一度生きるならそんなふうに生きたいとほんとうにおもった。それがたぶん自分には生涯できないとわかっていたから、よけいうらやましかったんだ。それがね、いまは谷山TANIYAMAのように生きている。彼のようにすごくもなんともないけど。おもいはまったく同じなんだ。


―すごいわね、ほんとうに。そんなにおもえるなんて。


書店が見えてきた。


ふたりに今、恩寵のように冬が来る。For the two, winter comes as if grace arrives.



Source: https://srfltheory.weebly.com/tale.html 


Reference: The Complete Works of TANIYAMA Yutaka / 11 November 2012



                                        In late autumn, Tokyo


Read more: https://srfl-lab.webnode.page/products/winter-comes-as-if-grace-arrives-2012/


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